『300-スリーハンドレッド-』の製作者と『ザ・セル』のターセム・シン監督がタッグを組み、古代ギリシャの神々たちの戦いを描いたアクション・スペクタクル映画「インモータルズ-神々の戦い-」。
ゼウス率いる神々のハイスピードアクションや、石岡瑛子が手がけた衣装が素晴らしく、観た後の充実感が半端ない。
演出に関しても、ギリシャの彫刻を彷彿させる肉体美が全面に出ており、 ラスト洞窟の戦いから一転、天空で繰り広げられる神々の合戦シーンへ続く流れは圧巻。
インモータルズの世界にハマったので、沢山の人にも見て欲しく、このサイトを制作しました。
ただ、 バイオレントでグロテスクな描写があるため、R-15指定。苦手な方はご注意を。
『インモータルズ -神々の戦い-』(Immortals) は、2011年のアメリカ映画。ギリシア神話のテセウス、ミノタウロス、ティタノマキアを題材にしている。
人間が誕生する遥か昔、“光”と“闇”の神々の戦争が起きた。戦いは光の神が勝利し、闇の神は奈落の奥底に封印された。時は流れ、古代ギリシアの時代。闇の力を手に入れ、世界を支配しようと野望を抱くハイペリオン(ミッキー・ローク)が人類に対し宣戦布告。光の神が造った武器の一つであり、闇の神を解放するための重要なカギ“エピロスの弓”を捜し求めるハイペリオンは、軍隊を結集してギリシアの地を侵攻していく。弓がハイペリオンの手に落ちれば闇の神は復活し、人類の破滅も免れない。ハイペリオンの野望を阻止すべく、光の神の頂点に立つゼウス(ルーク・エヴァンス)が選び出したのは、自らが鍛え上げた人間、テセウス(ヘンリー・カヴィル)だった……。
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
|---|---|---|
| テセウス | ヘンリー・カヴィル | 小森創介 |
| ハイペリオン | ミッキー・ローク | 菅生隆之 |
| パイドラ | フリーダ・ピントー | 甲斐田裕子 |
| スタブロス | スティーヴン・ドーフ | 加瀬康之 |
| ゼウス | ルーク・エヴァンズ | 東地宏樹 |
| 老人 | ジョン・ハート | 大塚周夫 |
| リサンドラー | ジョセフ・モーガン | 佐藤拓也 |
| 僧侶 | グレッグ・ブリック | |
| ダレイオス | アラン・ヴァン・スプラング | 志村知幸 |
| ヘリオス | ピーター・ステッビングス | 西凛太朗 |
| アレス | ダニエル・シャーマン | |
| アテナ | イザベル・ルーカス | 優木まおみ |
| ポセイドン | ケラン・ラッツ | 小松史法 |
| ヘラクレス | スティーヴ・バイヤーズ | |
| カッサンドロス | スティーヴン・マクハティ | 大塚芳忠 |
| イカロス | ロマーノ・オルザリ | |
| アポロン | コーリー・セヴィア | |
| ミノタウロス | ロバート・マイエ |
監督:ターセム・シン・ダンドワール
製作:マーク・キャントン、ジャンニ・ヌナリ、ライアン・カヴァナー
脚本:ヴラス・パルラパニデス、チャーリー・パルラパニデス
撮影:ブレンダン・ガルヴィン
衣装デザイン:石岡瑛子
編集:スチュアート・レヴィ
音楽:トレヴァー・モリス
製作当初は『War of Gods』と呼ばれていた。2008年6月、ターセム・シンの監督が決まった。2011年1月11日、レラティビティ・メディアは2011年11月11日の公開を発表した。2011年4月、WonderConで最初の予告編が公開された。2011年7月23日、コミコン・インターナショナルで主要キャストのヘンリー・カヴィル、ルーク・エヴァンズ、ケラン・ラッツ、スティーヴン・ドーフ、フリーダ・ピントーとプロデューサーのマーク・カントン、ジャンニ・ヌナリが登壇した。
ギリシア神話(ギリシアしんわ、ギリシア語: ΜΥΘΟΛΟΓΊΑ ΕΛΛΗΝΙΚΉ)は、古代ギリシアの諸民族に伝わった神話・伝説を中核として、様々な伝承や挿話の要素が組み込まれ累積してできあがった、世界の始まりと、神々そして英雄たちの物語である。古典ギリシア市民の標準教養として、更に古代地中海世界での共通知識として、ギリシア人以外にも広く知れ渡った神話の集成を言う。
ローマ神話の体系化と発展を促進し、両者のあいだには対応関係が生み出された。またプラトーンを初めとして、古代ギリシアの哲学や思想、そしてヘレニズム時代の宗教や世界観に影響を与えた。キリスト教の台頭と共に神話の神々への信仰は希薄となり、やがて西欧文明においては、古代人の想像の産物ともされた。しかし、この神話は古代の哲学思想だけでなく、キリスト教神学の成立にも大きな影響を与えており、西欧の精神的な脊柱の一つであった。中世を通じて神話の生命は流れ続け、ルネサンス期、そして近世や近代の思想や芸術においても、この神話はインスピレーションの源泉であった 。
ギリシア神話は、大きく分けると、三種の物語群に分け得るであろう。
第一の「世界の起源」を物語る神話群は、分量的には短い。それは、後述するように、主に三つの系統が存在する(ヘシオドスが『テオゴニア』で記したのは、主として、この「世界の起源」に関する物語である)。
第二の「神々の物語」は、世界の起源の神話と、その前半において密接な関連を持ち、後半では、英雄たちの物語と絡み合っている。英雄たちの物語で、人間の運命の背後にあって神々の様々な思惑があり、活動が行われ、それが英雄たちの物語にギリシア的な奥行きと躍動を与えている。
第三の「英雄たちの物語」は、分量的にはもっとも大きく、いわゆるギリシア神話として知られる物語や逸話は、大部分がこのカテゴリーに入る。この第三のカテゴリーが膨大な分量を持ち、夥しい登場人物から成るのは、日本における神話の系統的記述ともある意味で言える『古事記』や、それに並行しつつ歴史時代にまで記録が続く『日本書紀』がそうであるように、古代ギリシアの歴史時代における王族や豪族、名家と呼ばれる人々が、自分たちの家系に権威を与えるため、神々や、その子である「半神」としての英雄や、古代の伝説的英雄を祖先として系図作成を試みたからだとも言える。
神話的英雄や伝説的な王などは、膨大な数の子孫を持っていることがあり、樹木の枝状に子孫の数が増えて行く例は珍しいことではない。末端の子孫となると、ほとんど具体的エピソードがなく、単なる名前の羅列になっていることも少なくない。
しかし、このように由来不明な多数の名前と人物の羅列があるので、歴史時代のギリシアにおける多少とも名前のある家柄の市民は、自分は神話に記載されている誰それの子孫であると主張できたとも言える。ウェルギリウスの『アエネーイス』が、ローマ人の先祖をトロイエー戦争にまで遡らせているのは明らかに神話的系譜の捏造であるが、これもまた、広義にはギリシア神話だとも言える(正確には、ギリシア神話に接続させ、分岐させた「ローマ神話」である)。ウェルギリウスは、ギリシア人自身が、古代より行って来たことを、紀元前1世紀後半に、ラテン語で行ったのである。